喪主の多忙さは、経験者しか分からない

喪主と家族が合掌している様子

今終活という言葉も大分認知され、積極的に情報収集されたり、実際に生前にやっておくべきことを元気なうちにと行動に移されている方も少なくありません。

もう私の終活は完璧!と思っているあなた、自分が死んだときではなく家族の誰かが亡くなったときに、自分が喪主をつとめることになることを考えたことがありますか?

ご主人が先に亡くなった場合はもちろんですが、ご自身の親御さんや祖父母、叔父や叔母、さらには考えたくはありませんが、お子さんが亡くなった場合など、あなたが各ご親族にとって近い存在であればつとめなくてはならない可能性があります。

喪主になったのはいいけれど、バタバタと追われ、何が何だかわからないまま葬儀を終えていた。
そのように振り返っていらっしゃる喪主も少なくありません。
何事もなく終われば安心ですが、葬儀に限って親族間でもめることもよく聞く話です。

喪主として滞りなくつとめるためにも、これからご紹介するものを参考にして頂けたら幸いです。

家族葬はどこまでの家族で行うかはっきりさせる

家族葬セット

家族葬という言葉も今では、当たり前のように使っています。
ですが、実際に家族葬がどういうものかご存知ですか?
最近ではわからないまま小さい葬儀を家族葬と思っている方も多く、
「ふたを開けてみたら沢山人が来てしまった。」と焦っている喪主や家族も見てきました。

家族葬は、規模感が小さな葬儀になることは間違いありません。
本当に近い親族だけ、もしくは家族と家族同様に仲良くしていたごく親しい友人だけ。
など特定の人で見送るという葬儀スタイルが家族葬です。

家族葬の案内は基本的に新聞にも載せません。
さらには喪主、施主の会社関係にも参列をお断りして、ご近所や親族も血縁の遠い親族には遠慮をしてもらう。
そのように徹底している方も最近では増えてきました。

このとき安易に「お付き合いも最近はないから来ないわよ」と特にお断りもせず、勝手に来ないと決めつけてしまう人もいるのですが、これが一番厄介です。

亡くなったという連絡を何人かにしていたら、やはり話はあっという間に広まります。
聞いた相手も良かれと思って、お付き合いがあったと思われる人に連絡をしてくれたりします。

すると「もう何十年ぶりかな」なんていう遠い親戚や、知人が来られることもあります。
そうなると親族の人数が思っていたよりも多く参列したり、一般会葬者も予想以上に来てしまい、会場が狭くて入りきらなくなる場合もあります。

参列の人数に関しては、安易に来ないと決めつけないことです。
本当に家族葬で静かに見送りたいのなら、本当に近い親族のみにお知らせをして行うことがオススメです。

 

ふるまう食べ物が少ないのは、お互いに気まずい

饅頭

通夜前には少し早めの食事を用意し、通夜後には「通夜振る舞い」といってお料理やお酒などを用意して夜を通して故人との思い出を偲んで語らう場を設けます。
このときいちばん恥ずかしいのが、料理やお酒が足りないということ。

葬儀で一番お金がかかるのが、この飲食代です
そんなに親戚も来ないだろうとオードブルなども最小限しか頼んでいなかったのに、予想以上の人数が残ってしまい、あわてて出前を頼んだり買い物へ行かれたりする家族も少なくありません。

これは非常に恥ずかしいですよね。
親戚からも私たちが残ったのは、迷惑だったのかしら?嫌味一つ言われかねません。
予想していた人数よりも倍以上の親戚が来てしまい、席も用意できないなんてもってのほかです。

それではその後の親戚付き合いにも影響しかねません。
さらには義理の親戚ならば、余計に面倒なことになります。

また、地方によって葬儀においての常識が違います。
田舎であればあるほど見栄を気にするのもよく聞く話です。
食事や飲み物は余るくらいしなさいとあとからお叱りを受けることもあるようです。

とくに義実家の親戚で少し口うるさい人がいるならば、昔からよくお判りでしょうからしっかりマークしておきましょう。

喪主はおもてなしに徹する

葬儀は故人を弔うためであり、その最後のお別れに立ち会いたい。
生前縁の合った皆さんが集まってくれるもの。
ところが義理で集まってくれるのもいまだに残る日本の風習です。

寂しくて心の整理がつかないと悲しみに暮れているのは、喪主をはじめとする一番近い家族です。
それなのに悲しんでいる暇がないのも喪主をはじめとする家族です。

ですが、亡くなった故人のために最後のはなむけを捧げるのも家族です。
面倒なことがたくさんありますが、「いい葬儀だったね」「これは○○さんも喜んでいるね」と言ってもらえたら、喪主としてのつとめを果たせたと胸を張って仏前に報告できるのではないでしょうか?

葬儀ではいつにもまして、色々な人間模様や欲が出る場面でもあります。
だからこそ、冷静にそして気丈にふるまうことが一番の喪主としてのつとめです。

 

喪主として恥をかかない、かかさないための準備は必須

いつその役目を果たす日が来るのかはわかりませんが、いかにまわりに気を使っているかを意外とまわりは見ていたりします。

今から気負いをするものではありませんが、自分が喪主になった場合だけではなく、家族に自分の喪主をさせてしまう場合のことも考えて、エンディングノートに喪主として気にかけて欲しいことを書いておくのもいいのではないでしょうか。

終活は自分の為だけではなく、残された家族のためでもあります。
いざという時のための準備を今一度考えてみましょう。