はじめに、新大人とは。

「かつては、シニア。いまでは、新大人。」
私たちは、年を重ねるごとに前向きな意識を持つ成熟した中高年世代を「新大人世代」と呼んでおります。

「新大人」と呼ばせて頂いている方々の歴史や、小さな趣味から本格的な特技まで、大小問わず魅力を発信して参ります。

Playfull編集部

「さっきまで仕事していて…。」と、黒いスーツで駆けつけてきた。
個人事業主として、毎日を忙しく生きている。

そんな長谷川は、忙しい毎日を過ごしながら、何の知識もない状態で「ゆに染愛」というブランドを立ち上げる。
自身でも語っているが「素人ながら」と言いつつも、様々な人と人を繋げ、自分がやりたい事を成し遂げた。

「平和を纏う」というコンセプトの元、着物プロジェクトを進行させている。

 

長谷川久美子

長谷川久美子へのインタビューの様子

長谷川久美子さん

現在、事業主としてバリバリと働くキャリアウーマン。まさに新大人世代。
埼玉生まれで、埼玉育ち。成人するまで埼玉に住んでいた。
画を描く事や美術に関する事が大好きで、専門学校ではデザイン系の学校を選び、半年間、専修科でデッサンを習っていた。

本来は、専門的に学びたかったが、父親の反対で長く通う事が許されなかった。

実は、日本舞踊を幼稚園から小学校に入るまで習っていたので、中学生の時には舞妓さんになりたいとも思っていました。
ミーハーだったので(笑)
ただ、実家が理容業を営んでいたため、父親には絶対理容業が学べる学校にいきなさいと言われていました。
それは本当に嫌でした。その反動で 本気で舞妓の道を考えていました。

舞妓になる夢は諦めましたが、その代わりに理容専門学校に行く事は何とか避けたかったので、父親を説得し高校は商業科に入る事になった。
当時、通っていた商業科は就職率100%だったが、卒業後、就職せず。
なぜなら画に関する興味が大きくなり、画をもっと勉強したいと感じたからだ。
そのため、東京デザイナー学院に入学。そこで本科に入りたかったが、父親から、

本科に入るお金は出さない、専科(半年)なら何とか許す

という事になり、何とか入学するも半年間しか勉強することができず。

もっと本格的に画を学びたいと願っておりました。

と、感慨深く話す。

 

一旦絵画から離れる事に

専科を卒業後、20代で結婚し二人の子供に恵まれた。
そこから家庭を守るべく、好きな美術や絵画から少し距離が離れることになる。

同年代を見ると、大学や就職といった、自分とは違う人生を送っていたので、置いていかれている感がありました。

子供を保育園に預けられるようになったタイミングで、働くことに。しかし、働く事にもハードルがあった。

主人が本当に厳しく、亭主関白という名がぴったり当てはまる人でした。
もちろん、私が働く事は断固反対。
ただ、私も働きたいという強い思いがあったので、なんとか説得しパート職ならと、働き始めました。

平成13年から、葬儀関係の仕事に就職

その後、一心不乱に、働き正社員として葬儀関係の仕事につく事に。
当時、女性はまだ葬儀屋として地位が確立されていなかったので、周りから白い目で見られることもあり、精神的にもきつかったそうだ。

時には、自分より若い方がお亡くなりになる事もあり、残された家族の事を思うと、本当に魂が疲れて辞めたい時が何度もありました。
ただ、真摯に仕事を続けていると、お客様から認めて頂けるようになり、感謝の言葉を頂く度に励みになりました。

それだけではなく、働く事で世の中と接点が持てる事も仕事を続けられた理由の一つだそうだ。
今では、様々な経験を経て、個人事業主となり、葬儀関連のキャリアを歩んでいる。

 

ユニゾグラフとの出会い

漸くして、子育ても離れ、自分の時間が持てるようになり、元々好きだった絵画を観に行く事が多くなった。
そんな中で、たまたまFacebookで繋がったCA37さんという方の作品を観ることに。

 

芸術家のCA37さんは、貧困地の子供の画をアートに落としこむ事や人の画をグラフィック化しアートにする事を主軸にして作品を作っていました。

長谷川が運命的に出会ったCA37さんは、ユニゾグラフというアートを生みだしていた。

「saga-性」カンボジア支援作品

「saga-性」カンボジア支援作品:実際に「ユニ染愛」の着物のデザインになった作品

ユニゾグラフとは
unisson(仏語で溶け合う)+graffiti(仏語で子どものらくがき)から生まれました。
ユニゾグラフは世界中で課題を抱える子どもたちに描いてもらった絵を、
多様な企業や個人が自らの経済活動に役立て、その使用対価を子どもたちの生存、教育支援のために義援する新しい社会貢献プロジェクトです。

<ユニゾグラフホームページ>
<ユニゾグラフFBページ>

 

CA37さんが実際にカンボジアで絵を描いている。

CA37さんが実際に絵を描いている様子

ー特に魅かれた作品はありますか?

彼と初めてあった時、着ている服が自分のアート作品をプリントした服でした。ここに物凄い感銘を受けたんです。

CA37さんの作品集

子供たちの絵がCA37さん手によって作品となり、還元される

ユニゾグラフとの関わり

長谷川が出会ったその日に、

「あなたが来ている服は男性の服しかないの?女性の服なんてあれば可愛いのに」

と、提案。

なんとその提案がきっかけになり、CA37さんから早速やりたいと、その場で決まり、人を繋げる事になった。

元々CA37さんは愛知県を拠点としているので、服のデザインなどをしている愛知県の知り合いを繋げました。

そこで出来たのが、ユニゾクチュールだった。

ひらめき

昨年の7月頃、ユニゾクチュールのお披露目会があった。そこに参加した長谷川はひらめいた。

「着物でこのデザイン(ユニゾグラフ)を落としこめないか。」

思い立ったが吉日で、着物に落としこむまでの道のりを考えていた。

「ゆに染愛」への道のり

しかし、長谷川は、着物も作ったこともない。
どうすればいいか分からない状態だったが、長谷川の行動力は不安に勝り、各方面へ奔走した。

出会い

長谷川は、異業種交流会で以前出会った呉服屋からアドバイスを貰えないか、会いに行く事に。
そこでは呉服屋さんから和装小物の卸問屋さんを紹介頂く事になった。

卸問屋さんに着物にできないかなと、単刀直入に伝えると「面白い!」と言ってくださり、その日のうちに着物にする事が決定しました。

とは言え、長谷川にはアイデアはあるが資本や制作、販売のノウハウがない。
しかし、その問題も卸問屋さんを説得し協力を得ることができた。
夢を共有し、巻き込んだのだ。

卸問屋さんが京都の染屋大手メーカに掛け合って、協力してくれる所まで、こぎつけてもらいました。
更に、帯もオリジナルのフリル帯として織って頂く事に繋がりました。

「ゆに染愛」の完成

1年がかり、2018年8月に完成した。

岡崎で開かれたお披露目会の時の写真

岡崎で開かれたお披露目会の時の写真(左から順に:和装問屋(有)カジ:鍛治嘉明さん、ユニゾグラフのデザイナーCA37さん、長谷川久美子さん、一級和裁士:塚本照美さん)鍛治嘉明さん:染めの手配や仕立ての手配、商品企画まで協力頂く。

塚本照美さん:一級和裁士でお着物の仕立てを協力頂く。
                                       

―長谷川さんが命名したとお伺いしましたが、どんな思いが込められていますか?

『ゆに染愛(ゆにぞめ)』命名については、ユニゾグラフを着物に染め、皆様に愛される存在になってほしいと思い、この名前にしました。
着物を作るプロジェクトも『平和を纏う、着るチャリティー』を命題にしています。
ユニゾグラフを皆さんに知ってもらい、子供たちの支援に繋がる事が大切なので、それを一番知ってほしいです。

カンボジアの子供

実際に絵を描く子供たち

-「ゆに染愛」着物の作りの特徴は?

フリル帯という特殊な帯で織られており、リバーシブルで使用可能です。
そのフリル帯は遊び心があり、様々な表現が出来るようになっています。
さらに反物の染めは特殊な技術で鮮やかな色の発色や筆のタッチが活かされているため、
より繊細にユニゾグラフを表現しています。

SAGAのデザインの一部実際に「ユニ染愛」の着物のデザインになった作品一部

 

「ゆに染愛」の着物を着る長谷川久美子

「ゆに染愛(ゆにぞめ)」を纏う長谷川久美子さん本人

 

長谷川久美子さんが着物を着ている様子

色々な表情を見せるフリル帯

色味の表現や、デザイン性の高さは観る人の眼を釘づけにする。

 

Playfull編集部より

行動力。まさに長谷川を体現するならこの3文字。
幼いころから、結婚生活まで、多くの制限があるように感じた。
この数ヶ月で立ちあげたバイタリティーは、年齢を感じさせぬパワーを感じさせられる。

「発信し続ければ、繋がる」そんな思いを胸に行動して、チャンスにつなげている。

 

―次はどんなことにチャレンジしたいですか?

次のステップは色々ありますが、海外発信をしていくことです!

「ゆに染愛」をワールドワイドに展開する事は、着々と進んでいる。

<ゆに染愛Facebook>
<「ゆに染愛」が観られるイベントのお知らせ>
・11月11日(日)14:30〜15:30@表参道ヒルズ 大階段でのイベント
・11月11日(日)16:00〜17:30 @スペースオー
にて、長谷川久美子さんが「ゆに染愛」を着てご出演。